次にうつる

どういうわけか分からないけど、 自分のしていることに潮時がある。 この現場はここまで、というような。 何となく感覚で。 お付き合いする人も職場も、 私は欲のかたまりなので 自分にメリットになると感じた人や場所と付き合う。 メリットを感じなくなる時が潮時だ。 私にとってメリットというのは 自分が良いと感じる方向に 自分が伸びていけるようなこと。 贅沢。 そういう状態になれるような人たちや 環境を選ぶ。 強欲なので、棲み込む勢いでその人から吸収しようとする。 実際男性とは同棲する。 一番勉強したかった同性師匠の元には 通いの落語家くらいに、どこにでもほぼ常にスタッフとして同行させてもらって10年。 自分が欲しい何かを得たような満腹感?を感じると潮時。自然に別れがやってきたり、自分から去る。 意図的なわけでなく、なんとなく。 今回の職場も、そろそろ潮時。 先々月に、私にとって最大の難関事をとりあえず乗り越えたこと。 そして昨日。その職場に、怖くて苦手に感じる同性上司がいた。 苦手だ嫌だと感じることは、何故か積極的に向こう?から舞い込まれてしまう。 逃げても追いかけられるが如く。 苦手だと感じる上司とペアになることが連発した。連発したおかげで、私はその上司が好きになってしまった。 憧れさえも。 何か、この職場で克服すべき私のミッションが終わったような気がした。 職種的には、私はまだまだ新人で学ぶことはたくさんあるのだろうけど、もーいーや。 この潮時感、なんだろ。 不思議だ。 きっと自分で決めているんだろうな。 旦那には、まだ潮時はこない。 ところで、実家の人間が苦手だ。 血縁関係は有り難くも難しい。 嫌だと感じてもなかなか難事。 切れない、切らない、切りたいと感じるということはまだまだ課題があるんだろう。 私の器が広がれば、きっと切りたいと感じないくらいに自分の課題が克服出来てることだろう。 それはともかく、私は昔からそうだけど どういうわけか、自分の中に課題をつくってしまう。そしてそれをこなしていかないといけないような強迫?観念が強い。 自分で勝手にそういうゲームをつくって自分に課してしまうのだ。 時々そんな観念に疲れてしまう。 無理に成長する必要ない。 無理に学ぶ必要ない。 無理に聖人みたいになる必要ない。 普通でいい。望まない。 生きてさえいれば、それでいいはずなのに。 なんで求めてしまうのか、 強欲なんだろうけど。